1オーディション企画書
タイトル
猫にみつめられながら、千思万考
サブタイトル
なし
著者略歴
昭和30(1955)年 誕生 昭和55(1980)年 神戸大学工学部卒業,工学(学士) 昭和57(1982)年 神戸大学大学院工学研究科修了,工学(修士) 昭和57(1982)年 大日本印刷株式会社入社 平成元(1989)年 東京大学大学院工学研究科国内留学,工学(博士) 平成19(2007)年 大日本印刷株式会社退社後、BAR経営(令和3(2021)年廃業) 平成21(2009)年 技術コンサルタント及び塾講師開始,現在も継続中
何のための本か?
誕生と共に死が運命づけられた生物ではあるが、本能的に生きるのではなく、精緻で繊細な頭脳を使い、理知的に生きる「人間」が、「生きる」意味を考えるということの大切さを、学者でもなく、経営者でもなく、文筆家でもない、私のような「一般人」が著し、「一般人」が、楽しく、安らかに、力強く「生きる」ことを改めて考える契機を提供することが、私が企図する書籍の目的である。 また、この書籍の目的が、私の人生の目的の一つでもあるので、保存性に優れた書籍を他界するまでに諦めることなく執筆し、いつしか誰かに読まれることを秘かに願って、私の死後の世界においても私の心を後世に残すことが、もう一つの目的である。
企画意図・趣旨
私は、小学生の頃、野口英世氏の伝記を読み、未開発地域や日本の無医村で貢献する医師を志してきたが、努力不足で実現することはなかった。
人間は、石器時代の大昔から暴力による争いに絶えず、その頭脳は、武器を生み出し、産業革命以後の技術進歩は武器の破壊力を次第に高め、大量殺戮手段による第一次世界大戦、原子爆弾が投入された第二次世界大戦という悲惨な戦争で、無数の一般人が命を落とした。今なお戦争がない平和な地球には程遠く、世界中で、罪もない子供、勤勉に働いている大人が、独裁的な為政者による戦争の犠牲者となっている。
一方、戦争が行われていない日本のような国で生活する人々も、技術進歩により飛躍的に向上した電気・電子機器やライフライン、世界中からの有余る贅沢な食料品等を享受した生活を送っているが、心の問題は何一つ改善されることはない。技術進歩の代表格であるSNSやAI等による誹謗中傷は、人間を地獄に陥れ、殺人事件を引き起こしている。同様に、技術進歩に伴う自然環境破壊は、地球温暖化や資源の枯渇等を招き、その悪影響に怯えている。
このような人間の営みは、時間が経過して「歴史」というものに記録されることになるが、「歴史」は、「一般人」に有用な知恵であろうか。「歴史とは、現在と過去との対話である」という著名な歴史家E.H.カー氏の言葉は、著名な近現代歴史家の佐藤陽子氏も引用しており、「歴史を学ぶことによって、現代や次世代の課題を理解し、その解決策を見い出すことに有用である」という趣旨を支持するように認められる。
しかしながら、「歴史」は、世界を動かす力を保有する人間によって成し遂げられた記録であり、「歴史」を実質的に支えてきた「一般人」の記録とは言えないと私は考える。とすれば、「歴史」を学んでも、現代及び次世代の「一般人」が抱える課題を何も解決できることはない。また、現代の環境変化の激しさは、過去に比類を見ない。
そこで、「一般人」である私は、戦争でいとも簡単に殺されるように、全くの無力ではあるが、「言葉」という「剣」は持っているので、今を楽しく力強く生き抜くために、「生きる」意味を考えることの大切さを理解してもらう契機となる「言葉」を著そうと考えた。その「言葉」こそが、私の「生きる」意味であり、いつの日か成就する「不変及び普遍の真理」が、そこにあることを唱えたい。
『生きることは、働くこと、微笑むこと、夢見ること、謙譲すること、尊敬すること、そして、愛することである』と。
なお、「猫にみつめられながら」というタイトルは、猫は私をじっと見つめ、猫と目が合うと心が癒され、執筆に励もうという気持ちにさせてくれるからであり、その猫達も紹介する。
読者層
特に限定するものではないが、主として、18歳以上の成人
類書
類似した書籍はないと思われますが、敢えて挙げますと、新渡戸稲造「自警録」のような性質の書籍であり、そのような書籍を目標としている。
類似書との相違点
私が、50年以上に亘り研究・開発してきた高分子化学、すなわち、自然科学の深淵にある「真理の探究」という考え方を、人文科学及び社会科学まで広げ、「生きる」意味に「真理」が存在するのではないかということを諦めずに追求している点に、私が企図する書籍の特徴があると考えている。
この本が売れるためにご自身ができること
大したことはできないが、仕事関係、大学及び高校関係、飲食店関係の知人への紹介、並びに、FacebookやLine等を用いた紹介等である。